このページでは、里山や環境問題に関する法律の話題について不定期にご紹介しています。
アスベスト被害(この記事は2005年に書かれました)
今回は現在大きな社会問題になっている「アスベスト被害」について解説します。
アスベストとは、白石綿、アモサ石綿、青石綿といった非常に細かい繊維からできている自然鉱物のことです。アスベストは防音、耐熱、絶縁などに優れていることから、広く建築資材として使用されてきましたが、その粉じんの吸入により悪性中皮種などの健康被害を生じさせます。
このアスベスト被害は決して新しい問題ではなく、国際的にはすでに国際労働機関(ILO)が労働環境問題として取り組んでいます。たとえば、1986年にはアスベストの使用をほぼ全面禁止する「アスベスト規制条約」を採択し89年に発効しています。しかし、日本は批准していません。
一方、日本におけるアスベストは大気汚染防止法において「特定粉じん」として排出基準と濃度が規制されてきました。また、じん肺法における健康診断や労働安全衛生規則などにる対策も行われています。
日本の法規制はアスベスト規制条約と内容的に適合する部分も多いのですが、それでも石綿の輸入は継続されアスベスト使用の全面禁止には至っていません。こうした規制の甘さによる被害がここにきて明るみになった形です。この点、これまで対策を怠ってきた行政の責任は免れないのではないでしょうか。
アスベスト被害は環境問題というぼんやりした範疇でとらえるのではなく、公害問題及び労働問題として責任の所在を明確にする必要があると私は考えます。そして、被害者の救済とアスベスト使用の全面禁止に向け、政府は規制新法の早期成立と条約の批准を早急に実現すべきだと思います。(無断転載・盗用厳禁)
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グリーンツーリズムと規制緩和(この記事は2005年に書かれました)
グリーンツーリズム、いわゆる農山漁村地域において、その地域の自然や人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動は、農水省などの熱心な取り組みとともに最近ではかなり普及が図られ、都市住民のリクリエーションの一つとして定着しつつある。とくに農家民宿は農家の新たな収入源としての役割もあり、農村の活性化にも役立つともいえるものだ。
ところで、この農家民宿を開業するためには、旅館業法、建築基準法、消防法、食品衛生法など、多くの許認可手続をクリアしなければならない。
これは私のような行政書士の立場からすると仕事が多そうで結構なことかもしれないが、環境問題に関心がある立場からすると喜んではいられない。規制が多すぎるとそれだけ農家の負担が大きく、グリーンツーリズムの本来の目的が果たせなくなってしまうのだ。
昨今の構造改革の流れを受けて、こうした規制に対する緩和措置も進行しているみたいではあるが、地域的な差異も大きく付け焼刃的対応だとの批判もある。そもそもグリ−ンツーリズムはヨーロッパが発祥の地であり、そうした慣習のなかった日本では統一的な対策がとれていないことも、ある程度無理のないことではある。
しかし、これからアクティブシニアも増加し、旅行マーケットの拡大も予想できるわけだから、グリーンツーリズムに対する統合的な規制緩和を実施して都会と農村のWin-Winな関係を進めてもらいたいものである。
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廃棄物と日本社会 【後編】(この記事は2005年に書かれました)
さて、前回に引き続き廃棄物の話をしよう。廃棄物については廃棄物処理法に定義がある(2条)。そして、廃棄物は産業廃棄物と一般廃棄物に分類されている。産業廃棄物とは、工場などの事業活動に伴って排出される廃棄物のうちで法律で定められた20種類の廃棄物のことをいい、一般廃棄物とはそれ以外のものをいう(生活ごみなどがこれ)。さらに、両者の中でも、特に管理の必要なものは特別管理廃棄物として区別され、その取扱いが異なる。
これら廃棄物は、廃棄物の種類に応じて分別・収集・処理等の各作業ごとに処理基準が設けられている。特に産業廃棄物の処理責任は排出事業者にある。そこで、その処理は排出事業者が自ら処理するか、処理業者に委託するなどしなけばならない。
では、産業廃棄物の処理の現状はどうなっているのだろうか。産業廃棄物の最終処分場の残余年数の統計によると、平成13年4月1日現在の処分場の残余年数は、全国平均で3.9年、首都圏1.2年、近畿圏で1.9年である。そうすると、すでに首都圏と近畿の最終処分場は処理の限界を迎えており、今年中には全国の最終処分場が機能麻痺に陥るわけだ。まさに危機的状態である。
一方、不法投棄の件数も増加している。環境省の平成15年度発表資料によると、平成14年度は、投棄件数では前年度よりも件数こそ減少したが、投棄量では
7.6万トン増加した。特に5000トン以上の大規模な不法投棄の量が前年の倍近くになったことが特徴的だ。また、不法投棄量でみると、許可処理業者によるものが最も多く(約45%)、はたして法による監視がどこまで有効に機能しているのか疑問を投げかける結果が出ている。
ところで、不法投棄が大きな社会問題となったのが、中坊・元弁護士も登場した愛媛県豊島の廃棄自動車問題だ。この豊島の事件にるいては、後日、日を改めて焦点をあてることにします。
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廃棄物と日本社会 【前編】(この記事は2005年に書かれました)
今回から廃棄物と日本社会に関していろいろと紹介しよう。ところで「廃棄物」という言葉が一般化したのはつい最近のことで、飯島先生の本(*)によると、
1994年の広辞苑は、まだこの言葉を項目として取り上げていなかったそうだ。1994年といえば地球サミットから2年も経っていることを考えると、これは意外なことである。
一方、法律の世界では、1970年に旧廃棄物処理法が成立し、「廃棄物」という言葉はすでに用いられていた。それまでの廃棄物は、ゴミ・汚物として扱われており、これを処理することは汚物処理と考えられていたが、同法はこれらに廃棄物という言葉を当てはめ、その性格を変化せしめたのである。さらに法律は「廃棄物」という言葉を細かく定義付けしているが、これは後日紹介しよう。
ところで、現在、廃棄物に関する国の監督官庁は環境省であるが、これは2001年の省庁再編によって旧厚生省の管轄を引き継いだものである。厚生省は敗戦
7年前に旧内務省の社会局と衛生局が分離して設立された官庁で、廃棄物行政は省内の生活衛生局が長らく担当してきたわけだ。
そして、前身の内務省は戦前の中央集権行政の中核を担った官庁で、地方行政と警察行政を主な任務とした官庁である。してみると、廃棄物行政は最初、警察行政がこれを担い、やがて衛生行政へ移り、21世紀になって環境行政として認識されるに至ったわけだ。この辺には歴史を感じる。
しかし、香川県豊島の産業廃棄物不法投棄問題を見ても、廃棄物問題は不法投棄等との関係で、今なお警察行政との関係も大きく、環境部門によるのみでは解決できない。まさに総合的な見地からの解決が求められる複雑な問題といえるでしょう。(無断転載・盗用厳禁)
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森林認証制度 【後編】(この記事は2005年に書かれました)
では、森林認証制度とは何か。森林認証制度とは、簡単に言えばラべリングによる森林保全だ。すなわち、持続可能に管理されている森林を認証し、その森林から生産または製造された木材製品に認証マークをつける。そして、消費者には認証マークの付いた製品を選んで使用してもらうというわけである。
木というものは不思議だ。どういうわけか人の心を和ませる暖かさがある。同じ機能の製品でも木製のものを好む人も多いのではないだろうか。ところが、例えば、製品の素材である木材が発展途上国の違法な児童労働で伐採された木材だった場合、気持ちよく使えるだろうか。やはり、適切な方法で管理された木材で作られた製品を使いたいと考えるのが人情というものだ。木は素材が剥き出しだから余計にそうした気持ちになってしまう。
森林認証制度は、こうした消費者の微妙な心理をとらえながら、木材やその製品の購入に際して選択肢を与え、ラべリングされた製品を消費してもらうことにより、森林の破壊を防止することを目指しているのである。そして、同時に適切な森林管理を行っている林業者を市場を通じて支援することで、持続可能な林業の発展に貢献しようというわけだ。
こうした森林認証制度を利用した森林経営は世界的には広がっているが、日本ではまだ始まったばかりである。また機会があれば国内の森林認証事例を紹介してみたいと思います。 (無断転載・盗用厳禁)
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森林認証制度 【前編】(この記事は2005年に書かれました)
今回は森林認証制度についてご紹介する、ところで、森林の保全に旧来から熱心な国際組織の一つは国連食料農業機関(FAO)であることは意外に知られていない。FAOは農民の生活水準の向上や栄養状態の改善、農業生産性の向上などについての国際協力を目的に設立された機関だ。そして、自然資源の保全と管理のための長期戦略の一環として森林プログラムを実施している。
一方、森林保全は実は環境条約の手落ち分野だ。1992年にブラジルのリオで開催された地球サミットでは、さまざまな環境条約が採択された。たとえば、気候変動枠組条約しかり生物多様性条約しかりだ。ところが、本来ならば採択されてしかるべき分野の条約が採択されずに残った。それが森林保全の分野なのである。
もちろん森林保全のための国際協力が全くないわけではない。特に減少の著しい熱帯雨林については、国際熱帯木材機関(ITTO)が持続可能な熱帯雨林の管理にのりだしているし、国際環境NGOのWWFは熱帯雨林の保全にはことさら熱心で、自然保護債務スワップによる森林保全はかなり普及している。
ところが、こうした森林保全の動きがあるにもかかわらず、森林保全一般を目的とする国際条約は存在しないところに、森林をめぐる問題の難しさを垣間見ることができる。その解決の一手段として登場したのが、森林認証制度なのである。(無断転載・盗用厳禁)
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CSR(企業の社会的責任)の落とし穴 【後編】(この記事は2005年に書かれました)
前回説明したとおり、CSRの関係する分野は非常に広い。これに対して、たとえば、環境ISOは、認証機関は多いが、その方向性は、ISO(国際標準化機構)の定める基準であることから、もちろん企業ごとに違いはあるとはいえ、大筋の方向性は明らかだといえる。 しかし、CSRはそうはいかない。CSRが関係する分野は広い上に、各分野には研究機関、NGOなどの数多くの専門団体が存在し、その取り組みはもちろん真剣だ。そうすると、たとえば、人権に関するCSR対策を進めるにしても、人権に対する安易な理解の上に立ってCSRに取り組んだところで、かえって企業の中途半端な対応を、当該機関に指摘されることにつながり、場合によっては厳しく批判され、企業の社会的信用を失うことにもなりかねない。
要するに、企業がCSRに取り組むに際しては、該当項目に対する本質的な理解が必要となるのだが、CSRの対象となる分野は、これまで日本の企業が苦手としてきたものが多いのである。法令の遵守については今だに不祥事がなくならないし、人権については、たとえばヨーロッパには欧州人権裁判所といって地域ぐるみで人権問題に取り組む文化的伝統があるが、日本にはそうした伝統はなく企業文化においてもあまり意識されていない。
また、地域社会、消費者、労働者といった分野も、これまでは、事業者優位で問題の解決がなされてきたケースが多い分野である。にもかかわらず、企業全体が、そうした分野に社会的な責任を負うものとして、昨今のCSRブームに合わせてすぐに脱皮できるのであろうか。私には、はなはだ疑問だ。
そういう意味で、企業のCSRの取り組みは、経営者の意識のみならず、従業員も含めた企業全体の根本的な意識改革がなされなければ、結局うまくいかないだろう。最近よく目にするCSRセミナーの内容をなぞるがごとくの安易なマニュアル対策ににとびついて解決できるほど、簡単な問題ではないと思います。
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CSR(企業の社会的責任)の落とし穴 【前編】(この記事は2005年に書かれました)
企業の社会的責任、いわゆる、CSR(Corporate Social
Responsibility)は、近年になって特に注目されている概念だ。つい最近では、鳥インフルエンザに対する事業者の対応が問題となったことがよい例である。すなわち、企業は利潤追求のみならず、企業倫理や法令の遵守などにも気を配る必要があり、これを怠ると企業自体の存続が危ぶまれるという考え方だ。
具体的には、企業倫理や法令の遵守に加え、環境問題、人権、地域社会、消費者、労働者といった事柄に関する問題への企業の取り組み姿勢が問われることになる。すでに、欧米では、CSRが投資先企業を決める指標の1つにもなっており、こうした流れを受けて、国内の企業間でもCSRへの取り組みを積極的に行おうとする動きが出てきているわけだ。
ところで、CSRはこのように裾野が広い概念であるため、一定の定義付けをすることが非常に難しい。また、社会的責任といっても、その社会の性格や抱えている問題は多種多様であるため、国や地域によって企業に求められる責任も異なるであろうし、その意味で極めて捉えどころない概念でもある。
さらに、私が懸念するのが、この概念が環境ISOの場合と同じく、今後、企業間でブームとして取り扱われてしまうことだ。ところが、CSRは環境ISOとは大きく異なる点があることから、その取り扱いを間違えると、企業に決定的なダメージを与える恐れがあると私は考えている。その点については、次回書いてみようと思います。(無断転載・盗用厳禁)
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江戸の都市環境(この記事は2005年に書かれました)
今日は趣向を変えて、江戸の都市環境についてを紹介しよう。ちょっと前にいわゆる「江戸学」なるものがブームになった記憶があるが、環境問題を考えるにあたっても江戸時代から学ぶことはいろいろありそうである。
江戸は当時世界最大の都市だったことはよく知られている。人口は100万人を越え人口密度は現在の東京の5倍程度だったという。今から考えても超過密都市だったわけだ。これだけの都市になると当然都市環境にも支障が出てくると思うのだが、意外とそうではなかったらしい。
というのも、武士は支配階級であったので、その住環境が良好であったことは想像できるが、庶民の暮らしをみても、江戸市中には共同トイレやごみ捨て場も完備され、しかもそれらが整然と利用されていたそうだ。市中を流れる隅田川も綺麗で、当時のロンドンのテムズ川とは大違いだったそうな。
これには2つの理由が指摘されている。一つ目は、江戸市内ではリサイクルやリユースを自然に行う質実な習慣が存在していたこと、二つ目は、廃棄物を再度利用できるようにすることを生業にする者が多かったこと、である。要するに都市全体がソフト面、ハード面とも循環型の社会であったわけだ。
この点、現在の日本と比較すると、ハード面ではリサイクル関係の法律等が整備されてきたとはいえ、やはりまだまだ使い捨ての意識は強く残っている。その一方で、不思議と環境に対する関心は高いわけだから、今後はこうした関心を日常生活の行動に具体的につなげていくことが大切だと思います。
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ナキウサギ達の賛歌 【後編】(この記事は2005年に書かれました)
日本で自然の権利訴訟を遂行するのは難しいと書いた続きだ。というのも、ご存知の通り、日本の現在の法体系では、権利主体となれるのは自然人と法人の二つであり、自然物はあくまで権利の客体である。また、実務的にみると、自然保護に関する訴訟は行政訴訟になることが多いが、行政訴訟の原告適格の要件は非常に厳しいので、訴訟を提起しても却下される可能性が大きいのである。 自然の権利訴訟が盛んなアメリカにおいても、自然物自体に権利の享有を認める考え方は存在しない。だいたい、倫理的にならともかく自然に具体的な権利を認めるといっても、何に対してどこまでの権利を認めるのかを決めることは、あいまい過ぎてできないだろう。したがって、日本では今後も、法的に自然の権利を構成することは困難であると私は思う。
しかしながら、自然の権利訴訟が無駄であると言っているのではない。これまでの訴訟は、たとえ裁判に勝てなくても、開発行為によって失われる貴重な自然に世間の注目を集めさせる機能を果たしてきたし、実際に開発行為を阻止する実績もあげている。要するに、この問題の本質は、日本における自然保護行政が市民参加を十分に保障していないことに起因する。また、訴訟上も行政訴訟の原告適格の要件が厳しいため、司法による自然へのアプローチも不十分なわけである。
ところが、ここに来て注目すべき動きが生じている。報道によると、司法制度改革推進本部行政訴訟検討会では、行政訴訟の原告適格の拡大についても検討がなされているみたいだ。これは今までの行政訴訟に風穴をあけるかもしれない。これにとどまらず、行政の分野でも、市民が自然保護行政へアプローチしやすいような制度を整備することが望まれるところです。(無断転載・盗用厳禁)
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ナキウサギ達の賛歌 【中篇】(この記事は2004年に書かれました)
前回に続き「自然の権利」の話である。あまり聞きなれないこの権利概念には、大きく倫理学の観点から説明されるものと、法律学の立場から説明されるものがある。そのうち、このブログでは、法的権利としての自然の権利について紹介しよう。具体的には、自然物に訴訟の当事者適格があるかないかという点で問題になる。
自然の権利をめぐる訴訟は、アメリカで盛んに提起されてきた。1972年のいわゆる「シエラ・クラブ対モートン事件」において、ダグラス判事がミネラルキング渓谷に当事者適格を認め、自然保護団体のシエラ・クラブを訴訟代弁者としたことは有名である。その後も、アメリカの下級裁判所では、自然の権利に好意的な判決が続き、自然物に訴訟の当事者適格を認める方向で事態が進んでいるようにも見える。
しかし、注意しなければならないのは、これらの判決は無条件に自然物に権利主体性を認めているのではなく、絶滅危惧種に関しては市民の誰もが訴訟を提起できると言う「市民訴訟」が法律で認められているという法的背景がある。したがって、裁判所の判断も自然物の権利主体性を正面から認めるというよりも、市民の権利が認められた派生的結果として、自然の権利への配慮が行われたと考えるのが妥当ではないかと思う。逆にいうと、アメリカのケースを他国に当てはめるためには、その国でそうした法的条件が整備されているか否かに注目しなければならないということだ。
してみると、日本でも前回紹介したように、これまで幾つかの「自然の権利」訴訟が提起されてきたが、いわゆる住民訴訟は限定的にしか提起できないこと、また、はたして自然物に権利を認める必要があるのかという根本的な疑問もあり、日本における自然の権利訴訟の遂行はかなり困難であると言わざるをえないだろう。
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ナキウサギ達の賛歌 【前編】(この記事は2004年に書かれました)
以前、NHKで日高山脈のナキウサギの番組の再放送をしていた。ナキウサギといってもご存知でない方も多いかも知れないが、とてもかわいい動物だ。例えて言うと、コアラをウサギにしたような感じだろうか。ネットで調べると、たくさんナキウサギのHPがあるので一度ご覧頂きたい。
ナキウサギは日本国内では北海道の中部に生息しており、氷河期の生き残りの動物のため生きた化石と言われている。体長15〜18cmで、普通のウサギと異なり丸くて短い耳を持つ。その名の通り「キチッ、キチッ」と短く鳴く。主に山岳地帯のガレ場といわれる岩が積み重なったような所に棲んでおり、結構素早い動きをするようだ。
ところで、このナキウサギをめぐっては、大雪山国立公園内に計画された士幌高原道路の建設をめぐり、その建設がナキウサギの生態系を破壊するとして、
1996年に住民訴訟が提起された。いわゆる「ナキウサギ裁判」として知られているこの裁判は、開発行政の問題点を明らかにしたのみならず、「自然の権利」訴訟の例としてもよく紹介されている。裁判自体は士幌高原道路の計画が中止されたため、1999年に訴えが取り下げられ終結した。
こうした「自然の権利」訴訟としては、このほか「アマミノクロウサギ訴訟」や「オオヒシクイ訴訟」などがあり、はたして自然物に権利があるのか否かが日本でも本格的に争われた事件である。そこで、次回は、あまり聞きなれない「自然の権利」とは何かについて紹介してみよう。
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環境アセスメントの新展開 【後編】(この記事は2004年に書かれました)
現行の環境アセスメントは、いわゆる事業アセスメントと言って、事業計画が確定した段階で実施されるため、その評価の対象や範囲が制限されるという弱点がある。そこで、これらの弊害をなくすため、事業が確定する以前の政策検討の段階でアセスメントを実施することが主張されている。これを、戦略的環境アセスメント(Strategic
Environmental
Assessment)という。
SEAと呼ばれるのは、事業に先立つ上位計画や政策等のいわば戦略的な意思決定の段階で、アセスメント行うためである。日本では、中央環境審議会が、答申「今後の環境影響評価制度の在り方について」の中で、今後SEAの具体的な検討を進めるべきとしている。また、環境アセスメント法の制定の際、国会の付帯決議の中でもSEAの制度化に向けた検討の必要性が指摘された。地方公共団体では、東京や三重などの一部の地方公共団体がSEAを考慮する政策を採用している。
では、具体的にSEAとはどのようなものなのであろうか。SEAは新しい概念であるため、確定的な定義はないが、共通する要素として、1.その対象が事業
(project)ではなく、政策(policy)、計画(plan)、プログラム(program)の3つのPを対象とすること、2.環境面からの評価を記載した文書を作成し、必要に応じて環境部局や公衆との協議を行う等、評価のための体系的な手続を定めたものであること、の2点をあげることができる。
環境省では、すでに「戦略的環境アセスメント総合研究会」を設置し、報告書も作成され、現在もSEAの検討を進めている。とかく「環境アワセルメント」だと批判される現行の環境アセスメントと比べて、SEAはその対象・関係者とも拡大するわけであり、これらステークホルダー間の利害をどれだけ適正に調製することができるかが、今後の課題となりそうです。(無断転載・盗用厳禁)
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土壌汚染は防止できるか 【後編】(この記事は2004年に書かれました)
これまでの議論を踏まえて、土壌汚染対策法の課題をあげると、以下の点を指摘することができるだろう。
まず、同法の目的は、あくまで既存の土壌汚染の事後的解決を図るものであり、汚染の事前予防に関する規定を設けていない。しかし、環境保全の基本は事前予防であることを考えると、今後は同法に土壌汚染の事前予防に向けた何らかの規定を設けることを検討した方がよい。
また、調査契機を、有害物質を使用した特定施設を廃止する場合と、土壌汚染の恐れと健康被害の恐れがある場合に限定していることも問題である。前者については、操業中の工場に起因する土壌汚染は対象外となってしまう。また、工場が操業の実体がないにもかかわらず廃止されないままだと、汚染の恐れのある土地がそのまま存続する可能性がでてくる。一方、後者については、生活環境に対する被害を見逃す結果になり、対象となる被害の範囲が狭すぎるきらいがある。
いずれにせよ、土壌汚染対策法は実際の土地取引ビジネスと密接に関係しながら、今後はその内容の変化を余儀なくされるだろう。特に不動産に関する法律との調整が求められてくると思います。(無断転載・盗用厳禁)
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土壌汚染は防止できるか 【中編】(この記事は2004年に書かれました)
日本における土壌汚染の歴史は古い。明治時代の足尾鉱毒事件も土壌汚染の公害だし、4大公害病の一つであるイタイイタイ病もカドミウムによる土壌汚染が原因であった。こうした土壌汚染に対しては、たとえば、1970年に農用地土壌汚染防止法が制定され、地下水汚染に対しては、1989年及び1996年に水質汚濁防止法が改正され対策が図られている。
それに対して、土壌汚染一般に関しては先の農用地を除いて、これを防止する法律は制定されていなかった。しかし、90年代後半になって、ダイオキシン汚染を始めとする土壌汚染に対する国内の関心が高まるのに伴い、1999年にはダイオキシン類対策特別措置法が制定され、2002年には土壌汚染対策法が制定された。
土壌汚染対策法によると、有害物質を使用した特定施設を廃止したり、土壌汚染の恐れと健康被害の恐れがある場合に調査命令が出される。この場合、調査義務者は、対象となる土壌について指定機関に土壌汚染を調査させて、調査結果を都道府県に報告しなければならない。そして、土壌汚染があるという報告を受けた都道府県は、当該地域を指定区域に指定しこれを公示し、台帳に記載する。指定区域の指定を受けた場合は、必要に応じて汚染対策命令が出されるとともに、土地の形質変更が規制されるのである。
ここで、土壌汚染対策法の特徴を幾つかあげてみよう。まず、同法は土壌汚染の責任を汚染原因者に課すのみならず、土地所有者にも調査・措置義務を課している。従って、汚染を知らずに土地を購入した場合でも、購入者は汚染について責任を負わなければならない。
また、汚染については過去に生じた汚染も規制の対象となる。すなわち、土壌汚染対策法の制定以前に生じた汚染も規制対象となるため、例えば、汚染原因者から相続によって財産を受け継いだ場合は、相続人がその責任を負うのである。さらに汚染地であることは指定区域台帳に記載されて一般に公開されることから、これを嫌う責任者により土壌浄化が促される効果も期待できる。
一方、同法の規制対象となるためには、有害物質を使用した特定施設を廃止したり、土壌汚染の恐れと健康被害の恐れがある場合、いわゆる調査契機に該当する場合でなければならない。よって、現に土壌汚染が存在する場合であっても、調査契機にあたらない場合は、同法も規制対象とならない場合が生じるのである。
さらに、法の目的を国民の健康保護に限定したことにより、土壌汚染の人以外の生物への影響は考慮されることはないし、生活環境への影響も問題とされないのである。このように、保護法益を健康被害に限定することは、土壌汚染原因の根本的な除去を実現しない可能性があり、問題があると言える。(無断転載・盗用厳禁)
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土壌汚染は防止できるか 【前編】(この記事は2004年に書かれました)
宝塚の東方、大阪府北部に位置する能勢町は能勢妙見山の麓に広がる自然豊かな町だ。能勢妙見山は、私も高校生の頃、よく合宿や登山に訪ねた馴じみのある山である。その能勢町のごみ焼却場から1998年に高濃度のダイオキシンが発見された。この問題はその後、ダイオキシン労災訴訟へと拡大することになる。
いわゆる土壌汚染とは、重金属や揮発性有機化合物などの有害物質が地下に浸透し、その物質や地質の水理特性に従って、有害物質が徐々に拡散することが原因で発生する。特にトリクロロエチレンなどの有機塩素系化合物は、水よりも重く粘性が低いため、地中深く浸透することにより、地下水までも汚染する恐れが高い。
土壌汚染は、大気汚染や水質汚濁などの他の公害とは異なる特徴をもつ。すなわち、土壌汚染は目に見えないので早期発見が極めて困難なのである。もしかすると、皆さんが住んでいる場所もすでに汚染されているかもしれない。しかし、日常生活でその事実を明確に知覚することは、はなはだ難しい。
さらに、土壌汚染は自然浄化がほとんど望めないのである。土壌は大気や河川のように流動性がないため、その汚染を改善するためには、人的に土壌を除去するしか方法がない。従って、その対策は人的措置が極めて重要であり、それがなされない限り、長期に渡り土壌汚染の状態が継続し、被害が拡大する恐れがあるのだ。
また、これと関係して、汚染されている土地は私有地が多いため、土壌汚染対策は私有地に対する法的規制を図らなければならないが、これは私権と公共の福祉の調整をいかにはかるかという、すぐれて憲法的な問題へと発展する可能性もある。
ところで、土壌汚染の現状はどうなっているのだろうか。環境省による自治体アンケートによれば、平成12年度までに報告された土壌汚染の事例は
574件にのぼる。しかし、これらの汚染報告は義務ではないから、報告事例は氷山の一角と考えることも可能である。よって、日本の土壌汚染の現状は極めて深刻だと捉えることからスタートしなければならないだろう。(つづく)
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ペットをめぐる法律事情 【後編】(この記事は2004年に書かれました)
今日は、前回の予告どおり、イギリスのペット事情について紹介しよう。イギリスはペット保護の先進国で、ペットに関する法律もさまざまな面で整備されている。
まず、民事責任について見てみると、通常、無断で他人の所有地に侵入すると不法侵入として扱われるが、ペットによる侵入に対しては、特別の規則がある。例えば、ネコが不法侵入した場合でも、ネコの所有者は不法侵入の責任を負わないし、さらにネコが損害を引き起こしても責任を負うことがない。また、犬の場合でも、所有者が故意の場合以外は責任を負わない。いずれも、イヌとネコの習性を考慮した結果である。その一方、家畜の場合は、所有者は責任を負わなければならないとされている。
日本と異なり特徴的なのは、イギリスにはペットの福祉に関する法律が整備されているということだ。その中心は、動物虐待を禁止する動物保護法である。日本にも動物虐待を禁止する動物愛護管理法が最近制定されたが、この法律が制定されたのは1911年であり、イギリスのペット保護の歴史を感じさせる。そのほか、1960年には、動物を不要な苦痛にさらすような状態で遺棄することを禁止する動物遺棄法も制定されている。
さらに、1988年に改正された動物保護法は、動物に虐待を加えた飼い主からその所有権を一定期間剥奪する権限を裁判所に与えた。最近、日本では児童虐待をめぐり親の子供に対する権利の議論が盛んだが、イギリスではすでにペットに関しても、不届きな権利者の権利を制限する法律が存在しているのだ。また、動物健康法は、イギリス国内における動物の運搬または輸出入における輸送中の動物の福祉について規定する。
このように、イギリスは、さまざまな側面からペットの保護を進めており、比較法的に見ても日本と異なる点が多く興味深い。ペットに対する扱いは、その国の文化と密接に関係しているため、イギリスの法律をすぐ日本にあてはめて考えることは、不合理な部分があるが、今後のペット行政の参考になる点は多々存在すると思います。(無断転載・盗用厳禁)
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ペットをめぐる法律事情 【前編】(この記事は2004年に書かれました)
今回はペットビジネスも含めたペットをめぐる法律に関する話をしよう。昨今のペットブームの是非はともかく、今では様々なペットがちまたにあふれるようになった。ペットは法律上は「物」として扱われるので、たとえば、ペットの購入には、通常の売買と同様のルールが適用される。したがって、ペットの購入でトラブった場合の処理も、売買トラブルに準じた処理がなされる。
私の経験上、ペットトラブルの多くは、ペットの購入に関することが非常に多い。そこで、ペットを購入する際は、ペットショップと意思疎通を図り、できるだけ売買契約書を取り交わした方がよい。特に、動物が疾患を持っていた場合にトラブルの多くが発生するから、この点の責任あり方を具体的に取り決めておかないと、あとあと面倒なことになるわけだ。
ところで、ペットに関する法律である「動物愛護管理法」は環境省が管轄している。この法律は、旧動物保護管理法を平成12年に改正してできた法律で、特徴としては、飼い主の責任の強化、動物取扱業者に対する届出制の導入、動物愛護推進員と協議会の組織化、動物虐待に対する罰則強化、などをあげることができる。
動物取扱業の対象とは、要するにペットショップである。実は法改正以前は、ペットショップに対する規制はほとんどなく届出義務のある自治体も10前後だった。ところが、この法律を受けて独自にペットショップを規制する自治体も多くなった。たとえば、大阪府と大阪市では、条例でペットショップに動物取扱主任者を置くことを義務づけている。ちなみに私も大阪府動物取扱主任者である。
このように近年、日本でもペットを取り巻く法環境は大きく変化し始めているが、次回はペット先進国であるイギリスのペット事情について紹介してみよう。(無断転載・盗用厳禁)
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アイヌ文化を世界遺産へ
【後編】(この記事は2004年に書かれました)
さらに、第一の理由について、アイヌ文化の世界性及び大多数のアイヌ人が日本に居住している点を考えれば、アイヌ文化の存する国として日本が世界に負う保護責任は重大であることを指摘したい。(無断転載・盗用厳禁)
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アイヌ文化を世界遺産へ 【後編】(この記事は2004年に書かれました)
アイヌ文化を世界遺産へ 【前編】(この記事は2004年に書かれました)
ユネスコの第28回世界遺産委員会が6月28日から7月7日まで中国の蘇州で開催された。今回の会議では、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産への登録が決定している。これで日本の世界遺産としては12件目だ。
世界遺産は、国を越えて世界的に保存する必要があり、過去から将来の世代に伝える価値のある自然遺産または文化遺産を保護することを目的とする世界遺産条約の制度である。世界遺産へ登録するためには、条約加盟国が、世界遺産として登録を希望する国内の遺産を、世界遺産暫定リストに記して世界遺産委員会へ推薦しなければならない。
ところで、日本国内で今後推薦すべき文化遺産を考えた場合、私は暫定リストにアイヌ文化の遺産を加えることを検討するべきだと考える。理由は次のとおりだ。
第一の理由は、アイヌ文化は日本のみならず、国境を越えてサハリンや千島列島などの北方アジアに及ぶ文化であり、その文化遺産は世界遺産とするにふさわしい世界性を有しているからである。第二の理由は、1997年に制定されたアイヌ文化振興法は、アイヌ文化の振興及び国民に対するアイヌの伝統等に関する知識の普及と啓発を目的にしているが、アイヌ文化を世界遺産として推薦することは、これらの目的に貢献できると考えるからだ。(つづく)
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湿地と文化 【後編】(この記事は2004年に書かれました)
今回は湿地の話の続きで、湿地を保全する国際条約の話をしよう。湿地は、生態系の中で思いのほか多様な役割を担っているが、特に国際的に重視されたのは、渡り鳥の中継地点としての役割であった。
というのも、渡り鳥は、一気に休みなく目的地へ渡っていくのではなく、その途中にある池や湖などの湿地で適宜一休みしながら、目的地に飛来する。なので、その途中にある湿地がなくなると、渡り鳥は休憩することができず目的地に渡れなくなってしまう。そこで、これを国際的に保全する必要性が唱えられたわけである。
具体的には、1971年に国際的に湿地を保全する条約が成立した。それは「ラムサ―ル条約」と通称されている条約である。イランのラムサ―ルという町で採択されたので、こう呼ばれている。この条約に加盟すると、その国は国内の湿地を保全しなければならない。日本もこれに加盟しており、しかも1993
年には釧路で国際会議が開かれている。
条約に加盟すると、国内の代表的な湿地を条約事務局に届け出なければならない。これを「登録湿地」という。日本には現在13ヶ所の登録湿地がある。これらに加えて、環境省は先ごろ、ラムサール条約の登録湿地の候補地をまとめた。その数は計54カ所に及び、さらに絞り込んで2005年11月にウガンダで開催される第9回締約国会議で登録を申請するそうだ。国内においてもラムサール条約は、今後ますます環境保全における役割を拡大してゆくことでしょう。
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湿地と文化 【前編】(この記事は2004年に書かれました)
今回のテーマは「湿地と文化」である。湿地(wetland)と一言でいってもいろいろあるが、日本で一番身近な湿地は、やはり水田だろう。そのほか沼や湖も湿地だし、埋め立て問題で話題になる干潟なんかも湿地にあたる。また、北海道には日本最大の湿地、釧路湿原があることは、みなさんよくご存知でしょう。
湿地という土地柄は、古来より人間にとってあまり好ましいものとは考えられていなかった。湿気の多いジメジメした土地は、水はけが悪いし病原体が多く存在しているし、また見た目も何となくおどろおどろしいところがあって、どちらかいうと使い勝手の悪い忌み嫌われる土地だったのだ。今でも人間の居住地は水はけのよい高台に作られることからしてもそうだ。
ところが、科学の進歩と共に、実は湿地は見た目と異なり多様な機能をもち、動物のみならず人間の生活にも大変に有益なものであることがわかってきた。こうした事実は国際的にも認められており、湿地を保護する条約も存在している。また、日本の環境省も最近では国内の重要な湿地を500ヶ所選定して発表するなどしてその価値を認めている。そこで、次回は、この国際条約を中心に紹介しよう。(無断転載・盗用厳禁)
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