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   ナキウサギ達の賛歌(上) (この記事は2004年に書かれました)

以前、NHKで日高山脈のナキウサギの番組の再放送をしていた。ナキウサギといってもご存知でない方も多いかも知れないが、とてもかわいい動物だ。例えて言うと、コアラをウサギにしたような感じだろうか。ネットで調べると、たくさんナキウサギのHPがあるので一度ご覧頂きたい。

ナキウサギは日本国内では北海道の中部に生息しており、氷河期の生き残りの動物のため生きた化石と言われている。体長15~18cmで、普通のウサギと異なり丸くて短い耳を持つ。その名の通り「キチッ、キチッ」と短く鳴く。主に山岳地帯のガレ場といわれる岩が積み重なったような所に棲んでおり、結構素早い動きをするようだ。

ところで、このナキウサギをめぐっては、大雪山国立公園内に計画された士幌高原道路の建設をめぐり、その建設がナキウサギの生態系を破壊するとして、 1996年に住民訴訟が提起された。いわゆる「ナキウサギ裁判」として知られているこの裁判は、開発行政の問題点を明らかにしたのみならず、「自然の権利」訴訟の例としてもよく紹介されている。裁判自体は士幌高原道路の計画が中止されたため、1999年に訴えが取り下げられ終結した。

こうした「自然の権利」訴訟としては、このほか「アマミノクロウサギ訴訟」や「オオヒシクイ訴訟」などがあり、はたして自然物に権利があるのか否かが日本でも本格的に争われた事件である。そこで、次回は、あまり聞きなれない「自然の権利」とは何かについて紹介してみよう。

   ナキウサギ達の賛歌(中) (この記事は2004年に書かれました)

前回に続き「自然の権利」の話である。あまり聞きなれないこの権利概念には、大きく倫理学の観点から説明されるものと、法律学の立場から説明されるものがある。そのうち、このブログでは、法的権利としての自然の権利について紹介しよう。具体的には、自然物に訴訟の当事者適格があるかないかという点で問題になる。

自然の権利をめぐる訴訟は、アメリカで盛んに提起されてきた。1972年のいわゆる「シエラ・クラブ対モートン事件」において、ダグラス判事がミネラルキング渓谷に当事者適格を認め、自然保護団体のシエラ・クラブを訴訟代弁者としたことは有名である。その後も、アメリカの下級裁判所では、自然の権利に好意的な判決が続き、自然物に訴訟の当事者適格を認める方向で事態が進んでいるようにも見える。

しかし、注意しなければならないのは、これらの判決は無条件に自然物に権利主体性を認めているのではなく、絶滅危惧種に関しては市民の誰もが訴訟を提起できると言う「市民訴訟」が法律で認められているという法的背景がある。したがって、裁判所の判断も自然物の権利主体性を正面から認めるというよりも、市民の権利が認められた派生的結果として、自然の権利への配慮が行われたと考えるのが妥当ではないかと思う。逆にいうと、アメリカのケースを他国に当てはめるためには、その国でそうした法的条件が整備されているか否かに注目しなければならないということだ。

してみると、日本でも前回紹介したように、これまで幾つかの「自然の権利」訴訟が提起されてきたが、いわゆる住民訴訟は限定的にしか提起できないこと、また、はたして自然物に権利を認める必要があるのかという根本的な疑問もあり、日本における自然の権利訴訟の遂行はかなり困難であると言わざるをえないだろう。

   ナキウサギ達の賛歌(下) (この記事は2004年に書かれました)

日本で自然の権利訴訟を遂行するのは難しいと書いた続きだ。というのも、ご存知の通り、日本の現在の法体系では、権利主体となれるのは自然人と法人の二つであり、自然物はあくまで権利の客体である。また、実務的にみると、自然保護に関する訴訟は行政訴訟になることが多いが、行政訴訟の原告適格の要件は非常に厳しいので、訴訟を提起しても却下される可能性が大きいのである。
自然の権利訴訟が盛んなアメリカにおいても、自然物自体に権利の享有を認める考え方は存在しない。だいたい、倫理的にならともかく自然に具体的な権利を認めるといっても、何に対してどこまでの権利を認めるのかを決めることは、あいまい過ぎてできないだろう。したがって、日本では今後も、法的に自然の権利を構成することは困難であると私は思う。

しかしながら、自然の権利訴訟が無駄であると言っているのではない。これまでの訴訟は、たとえ裁判に勝てなくても、開発行為によって失われる貴重な自然に世間の注目を集めさせる機能を果たしてきたし、実際に開発行為を阻止する実績もあげている。要するに、この問題の本質は、日本における自然保護行政が市民参加を十分に保障していないことに起因する。また、訴訟上も行政訴訟の原告適格の要件が厳しいため、司法による自然へのアプローチも不十分なわけである。

ところが、ここに来て注目すべき動きが生じている。報道によると、司法制度改革推進本部行政訴訟検討会では、行政訴訟の原告適格の拡大についても検討がなされているみたいだ。これは今までの行政訴訟に風穴をあけるかもしれない。これにとどまらず、行政の分野でも、市民が自然保護行政へアプローチしやすいような制度を整備することが望まれるところです。





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